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パンでつながる人と人。「幸せ」に出会える場所づくり

休日になると、少しだけ遠出して「おいしいもの」を食べに行きたくなりますよね。SNSで目にする「グルメ情報」は私たちの行動意欲を刺激します。中でもおいしいパンは日本中で大人気で、ここ西条市でもそれぞれの特色を出した人気パン店が続々と出現しています。
西条市立小松小学校近く、オープン住宅街の中の路地を進んで行くと、昔ながらの納屋を改装した趣深いパン屋が見えてきます。
「にじとまめ。」は、国産小麦と天然酵母にこだわった地元の人に愛される人気店。店主の田中直子(たなかなおこ)さんがパン屋さんになるきっかけ、そして「にじとまめ。」という屋号に込められた想いとは…。

 

#1 困っている人の支えに

田中直子さんは西条市小松町生まれ。高校卒業後は香川県の大学に進学します。その頃は福祉系の進路を選ぶ学生が今よりも少ない時代でしたが、高校時代に身近な人の病気を経験した彼女は、「困っている人を支えていきたい!」という想いから社会福祉学科を専攻しました。
「大学時代はいろんな友達がいて、中には精神的な疾患を抱えている友達もいました。どうすればこの人たちが暮らしていきやすくなるのかを知りたい、そんな風に考えるようになりました。」
大学卒業後は愛媛県内の病院でソーシャルワーカーの仕事に就き、地域で暮らす精神障害者への相談業務を続ける中、国家資格の「精神保健福祉士」の資格を取得。ストレス社会と言われる現代で、こうしたソーシャルワーカーへの社会的なニーズは高まりつつありました。
「その人の人生はその人のもの。その人が選んでいくものだし、私たちにはサポートすることしかできません。当時はまだ若かったので、自分よりも年上の方に自分の提案が受け入れてもらえるか、不安と迷いがありました。」
ソーシャルワーカーの仕事とは、どれだけ寄り添ったサポートができるか。まだ人生経験も少ない20代当時の直子さんには苦しい部分もありましたが、同僚や先輩など周りの方に支えられて、5年後の結婚を機に退職するその日まで続けることができました。

 

#2 共に生きると決めた日

「結婚が無かったら、福祉の仕事を続けていたと思います。退職した後も福祉法人でパートの仕事をしていたので。長男を出産するまでそこで働きました。」
結婚から約1年半、直子さんは妊娠。赤ちゃんはお腹の中ですくすくと育ち、やがて待望の長男、眞登(まなと)くんが誕生。新しい家族と絵に描いたような幸せな生活が続いていくはずでした。
ところが誕生してしばらく経った頃、眞登くんの病気が発覚しました。
“ゴーシェ病”。
「指定難病」および「小児慢性特定疾病(18歳未満)」に指定される、100万人に1人ともいわれるほどの大変まれな難病です。体内での酵素の働きが悪く、肝臓や脾臓が腫れてお腹がふくれてくる、出血しやすい、貧血、骨折しやすいなどの症状が現れます。

「息子の病気を告げられた時、お医者さんからは『平均寿命は2年』と言われました。呼吸のために挿管を入れて、食事も口からは呑み込めないので、鼻からチューブで直接胃に入れていました。」
眞登くんは生後5か月で気管分離手術を受けることに。症状はどんどん悪化し、小さな身体にたくさんの機械がはり付いていきます。
「ずっと息子を看るために仕事を辞めました。私が看護師の仕事もできなきゃとたくさん勉強しました。」
直子さんは眞登くんと共に生きることを決意しました。“この子と家で過ごしたい。”
仕事や家庭、そして眞登くんの事。覚悟と共に決めなければいけないことがたくさんありました。

 

#3 パンとの出会い

看病のために仕事を辞め、家にずっといることになった直子さん。知り合いの看護師さんがホームベーカリーで焼いたパンを差し入れでいただいたことが、転機となりました。
「家でもこんな美味しいパンが焼けるんだ!じゃあ私もやってみようと思って焼き始めました。自分で丸めて発酵機に入れて、オーブンで焼く。とても手軽ですごくハマっていきました。」
家でも出来る、しかも工夫次第でどんどんバリエーションが増えていくパン作りがすっかり楽しくなり、パンを焼くことが彼女にとって癒しの時間になっていきました。そんな中、次男の嶺佑(りょうすけ)くんが誕生。まだまだ眞登くんの症状が予断を許さない中ではありましたが、忙しくも少し穏やかな日々が続きました。
そして“その日”は突然やってきました。

 

#4 目の前には大きな虹が

その日、眞登くんは退院したばかりで、家で過ごしていました。家で突然脈拍が200を超え、入院することもありましたが、直子さんが「家でも大丈夫かな」と判断した日は一緒に家で過ごすことを優先していました。とても機嫌よくお風呂に入った後、眞登くんの容態が急変しました。
「その日は突然来るかもしれない、と普段から自分に言い聞かせて過ごしていました。でもまさか『今日』だとは思いませんでした。」
とても寒い12月の真冬の夜でした。眞登くんは4歳10か月という、とても短い生涯を閉じました。眞登くんが最後にお風呂に入りたがったのは、「綺麗にしてみんなに送ってもらいたいと願ったから」と彼女はいいます。悲しみに暮れる火葬場からの帰りのバスの中、奇跡のような光景が彼女の眼に飛び込んできます。

それは目の前に広がるあまりにも大きな虹でした。

「ああ、もう大丈夫だ眞登、と思いました。人生は1回きりだから一生懸命生きてね、と息子が教えてくれたんです。この時の虹が眞登の象徴として心に刻まれました。」

 

#5 名前に込められた想い

眞登くんが亡くなった後、直子さんは以前の職場からの誘いで福祉センター内の喫茶店で働き始めます。
ある日、趣味で焼いていたパンを職場で配ったところ大好評。当時の上司から喫茶店内で提供するパンを焼いてほしいと依頼を受けました。


「パン焼きの修行にも行ってない私で良いの?という思いもありました。でも自分が焼いたパンを食べておいしいって言ってくれたり、喜んでいる顔を見ると幸せな気持ちになると気づいたんです。」
直子さんは、お母さんと一緒にパン教室に通いながら、いろんなバリエーションのパンを学んでいきました。ちょうど自宅を新築しようとしていたので、一緒にパン工房も作ることになりました。やがてパン工房兼自宅が完成。最初は注文を受けた分だけパンを焼くスタイルでしたが、直子さんのパンの評判は口コミで広がり、「買いたいのになかなか買えない」というお客さんの声がたくさん届くようになり、彼女はついに「にじとまめ。」を開業することを決意。
「名前の由来は、あの時の虹。そして次男が当時、豆が好きだったので。」


『にじとまめ。』という店の名前に込めたのは、大切なことをたくさん教えてくれた子どもたちへの感謝と直子さんの愛が込められていました。

 

#6 お店を通じて誰かとつながる

「にじとまめ。」では、クリームパンやメロンパンなど、いわゆる普通のパン屋さんで扱っているようなパンは販売していません。店には「なすカツバーガー」や「いちご大福パン」などのユニークなものが並びます。地元産の米粉や食材を使い、天然酵母でひとつひとつに手間と時間をかけているので、一度にたくさんの量は作れません。開店1時間で売り切れてしまう日もあるそうです。それでも直子さんがこだわり続けるのは、たくさん作れなくても身体にやさしいパン。


最後にパンへの想いを伺いました。

「美味しいって言ってもらえたり、喜んでもらえると、もう一度焼いてみようって思いにさせてくれます。それがずっと続いて今があるんです。パンって人を幸せにしてくれると思うんです。アレルギーがある人も安心して食べられる楽しみがここにはあるよ、と胸を張れるようなお店にしたいと思います。」
パンを通じて色んな人と繋がっていくことへの感謝とパンがもたらしてくれる産物。それに魅了される毎日の連続が今現在につながっていると、彼女は言います。

人とのつながりこそが人生を幸福にする。「にじとまめ。」は、彼女と家族をつなぐ絆であり、かつての友人、そして新しい出会いをつなぐ“ここだけの場所”。

 

#7 にじとまめ。

愛媛県西条市小松町にあるちいさなパン屋です。
地元の季節の野菜や果物を加工し、天然酵母と国産小麦でゆっくり発酵させるパンと、地元産米粉の焼き菓子を提供しています。
季節を感じられる体に優しいパンとお菓子を心がけています。

〒799-1101 愛媛県西条市小松町新屋敷甲2938−2
tel:0898-72-2527
mail:nijitomame@forest.ocn.ne.jp
営業時間:11:00~15:30(完売まで)
営業日:木・金・土
「にじとまめ。」公式フェイスブックより
https://www.facebook.com/ntm7117/
「にじとまめ。」公式WEBサイト
https://nijitomame.com/

 

 

私が書きました

Co-あきない宣言 編集部

Co-あきない宣言 編集部

Co-あきない宣言の編集担当です。 西条市では、市内で働き、輝いている市民をストーリー化して発信することで、西条市をPRしております!まだまだ不慣れですが、頑張ってシリーズを重ねてまいりますので、是非ご覧ください。

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